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クリエイティブなものに対する憧れを3つに分解する

この記事は約7分ぐらいで読めます

作るもののアイディアを生みだす発想への憧れ
人が作った何らかの制作物を見て、すごいな、こういうものを作りたい、と思うことがありますよね。その感情を分解していくと、これから自分に本当に必要なものも見えてくる気がします。

作ること自体が好きな人

皆さんがそうかはわかりませんが、私は何かモノを作ること自体が好きです。web制作のみならず、イラスト、グラフィック、DTP、ゲーム、映像、立体造形、服飾、建築、料理、ストーリー、音楽…何かモノを作るということはそれに触れるものの生活を豊かにします。

これらの中で私が実際に関わったことがある制作はいくつもありませんが、モノを作るという行為自体に共通した何かを感じ、他ジャンルの制作に共感したりすることがあるわけです。

自分では作れないモノに対する憧れ

そして、私はそうした明らかに素晴らしい制作物を見たとき、他ジャンルであっても「こんなものが作れたら…」と憧れてしまう事があります。

そんなとき、恐らくその憧れを構成しているものは、

  • 発想
  • 技術
  • 成果

の三つであると思います。

発想

作るもののアイディアを生みだす発想への憧れ

作るもののアイディアを生みだす発想への憧れ

「よくこんなものが思いつくなー、どんなところから着想を得ているんだろう…」というような、主にその制作物をその形たらしめたアイディア力に対する憧れです。

こうしたアイディアは実際のところ何もないところから生まれたものではなく、その制作者の経験であったり、海の向こうで流行ったもの、または他のジャンルで既に好評を得たものであったりもします。意識はしていなくても人が良いと思うモノにはある程度の傾向があるので、これは当然のことです。

しかし、いくつかのアイディアの種の組み合わせ方、違ったものに見せる使い方、それらを持ってくるべきところに持ってくるバランス感覚はやはりその人の持っている発想の力であると、やはり思います。

技術

発想を高いレベルで具現化する技術への憧れ

発想を高いレベルで具現化する技術への憧れ

アイディアを思いついたとしても、それを形に出来る技術力がないとダメですね。

例えば、絵が上手くなくても頭の中に美人を思い浮かべることは出来ます。より美人を思い浮かべるには当然美しい人を沢山見なくてはいけませんが、見たところでそのイメージを像として絵や立体造形等に落とし込むには技術が必要です。

反対に、カッコいい造形を実現する手先の器用さ、ツールの使い方を知ってはいても、肝心のアイディアが自分の中になくては素晴らしいものは作れません。

成果

技術と発想を駆使して生まれた成果への憧れ

技術と発想を駆使して生まれた成果への憧れ

美しいもの、素晴らしいものを作るアイディア、それを具現化する技術力があっても、それを適切な場で公開したり、人の目に触れさせる機会がなくては、それは私の目の前に現れることもなかったでしょう。

実際、こうした人の制作物を見て感動するシチュエーションは、何か有名な書籍やwebサイトで紹介されていたり展示されていたり、相応しい場を伴っています。

これは単にその制作者に向けられる名声や、その制作物を作ることによって得られるであろう収入に目がいっているというような印象もあるかと思います。

この場合の制作物の成果に対する憧れとは、例えばその制作物自体の功績や、制作物がそこにあることの評価自体に向けられたものと考えます。

それを作るために自分に足りないもの

この三つを、一人で兼ね備えている人もいますし、補い合って一つの制作物を作っている人もいます。

私が純粋にすごいと思ったものを仮に作るとした場合、足りないものは何なのか。

それらの何が一番欲しい?

技術だって、発想力だって成果だって欲しいわけですけど、今の自分がそれに近づき、または越える為に何が一番欲しいのか。そういう事を考えます。

アイディアはある、可能性のあるプロジェクトで私の構想を具現化してもらいたい…そういう人はとにかくたくさんモノを作り、そして自分のアイディアを人に伝える技術を身につけるといいと思います。技術の高い人を見つけて、とにかく魅力的なアイディアを売り込むわけです。

発想は人に任せよう。可能性のあるプロジェクトで、私はクオリティーの高い制作物を形にすることをこそ突き詰めたい…そんな人は大きな企業や有能なアイディアマンと共にフロントの制作に励みます。自身の技術を研ぎ澄ましてこそ喜びが得られ、それが価値になります。

そして、成果に憧れる人は…技術の研鑽よりも独創的な発想よりも、何かプロジェクトの成功を目指す人は、手段を問わず、自分の関わった制作物がそうした成果を得ることが出来る状況を作り出すことに集中すればいいのではないかと思います。それはもしかしたらもの作りではないかもしれませんね。

一人で全てが出来るのはカッコいいですけど、どうしても一か所に集中するよりその詰めの作業や計らいのクオリティーは下がります(小さくまとめるのならいいんですけど)。

というようなことをカラオケボックスで考えてました

きゃりーぱみゅぱみゅのファッションモンスターという曲のPVを見ていて、こんなことを考えていましたw

あのキャラクターの衣装の完成度、展開、組み合わせ、どういう発想でどういう技術力で、あの成果があげられているのか私には想像もつきません。で、その時私が一番「こういう風になれればなー」と思ったのは、その発想の部分でした。次にそうした造形を作りだす技術。きゃりーぱみゅぱみゅのPV制作を任される、というのは最後でした。

別にPV作りたいわけじゃないので当たり前かもしれませんが…。

自分が何を担当したいか

これは決して成果がいらないという訳ではありません。特にビジネスで考えた場合成果が全てですが…クオリティーや創造性で劣ったものが結果で負けていたとしても、私はそのクオリティーに注目してしまうし、よりアイディアを評価してしまう、という事です。

そして、誰かと組むなら私のアイディアをよりクオリティー高く実現してくれる人と組みたいですし、自分たちの作ったものよりクオリティーと創造性では負けていない相手に成果でも負けないような計画を立ててくれる人と組みたいです。

目的に近づくバージョンアップ

私は常日頃webでたくさんの尊敬すべき人、憧れる相手を見てきています。ですが幸か不幸か…現時点で私が「この人になりたい」とまで思うロールモデルの様な人物は存在しません。私は学習する事で、今よりやりたいことに近づいたになりたいと思っています。

制作業をやっていると、新しい技術、言語、フレームワーク、ソフト、成果物、めまぐるしく色んなものに出会います。それらの情報、出来ることをすべて受け入れられるほどの時間は人一人にはないわけですから、目的にあった自分のバージョンアップをするために必要なものを採り入れていければいいのではないかと思っています。

終わりに

「他の人と違ったことをしよう」なんていうとすごくありきたりですが…それは「奇を衒え」という事ではなく、「終着地点を他の誰かに重ねない」という事ではないかなと考えています。

やりたいことを追究した結果、他と似たものが出来てしまう事にはあまり悪いイメージを持っていないです。

自分がもの作りとどう関わっていきたいかをこうして見つめ直したりしました★