バイラルメディア運営者やWebライター、ブロガーにも考えてほしい引用や紹介のこと
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バイラルメディア叩きみたいな話題が一巡りしたところで今更こんなタイトルの記事ですが、ちょっとそういう流れからは離れたところで書きたかったので寝かせてました。
WEBCRE8.jpでは前からたびたび引用という行為を話題にして記事を書くことがあり、以前からの読者さんにはまたかという印象を与えるかもしれませんw でも書こうと思いますー。タイトルの通り、メディア(特にバイラルメディアとかですけど普通のメディア)の運営者やWebで文章を書く人にはやはり考えてほしい話しです。
読者に有益な情報やエンターテイメントを提供し、それにあわせて関連する事業や団体の活動を知ってもらったり広告収入を得るといったメディア運営にとって、他者の取り組みを紹介するということは大きな役割の一つだと思います。ですが、そうした取り組みにはときに読者(つまり未来の顧客)から反発を生む紹介のしかたや、コンテンツの制作者に嫌われてしまうパターンがあるようです。
どういう紹介が反発を生むのか、法律やルール、モラル、慣習などの各側面から考えてみたいと思います。
紹介する行為はステキ
まず前提としておきたいことは、表現活動や商売を行っている人で紹介されること自体が嫌な人はいないということです。たまにいますけど。表現ではなく単なる私事をソーシャルに流しただけのものを勝手に取り上げられるというようなことを除けば、通常作ったものや書いたことを紹介してもらえれば作品や作家の知名度は上がりますし、嫌なことは何もありません。
紹介されるのがイヤな場合
それが表現活動やビジネスであるのに取り上げられることが嫌だという場合、たいてい取り上げられ方が嫌だということになります。例えば以下のような場合。
- 誹謗中傷する内容である場合
- 制作者の不明な紹介をしている場合
- ほぼ全文掲載であるにも関わらず許可を得ていない場合
- 剽窃している、あるいはそう勘違いされるような書き方をしている場合
- その他著作権やライセンスの許諾範囲など何らかのルールを破っている場合
こんな理由に関わらずとにかく紹介されるのが嫌だ、みたいな人もたいていはその媒体がここに挙げたようなことをやってしまうからイヤだってことが多いんじゃないかと思います。
あとはメディアについて「自分では何も生み出さず人のコンテンツで飯を食っている」と強く考えている、嫌儲、コンテンツのタダ乗りみたいな見解の人もいますね。この辺についても後述します。
引用したいの?紹介したいの?
Webメディアは取材や調査によって、他者のコンテンツを軸としつつもそれ自体がコンテンツとなるような記事を提供したり、他者のコンテンツをフィーチャーし興味を持ってもらうことで、メディアとしての発信力をアピールします。
そしてそのなかで、取材を行えないあるいは行わないコンテンツにおいて、記述の正確さを補強したり話題に具体性を持たせるために、他者のコンテンツを一部掲載することがあります。これは一般に引用と言われています。しかし今のこの引用という言葉の使われ方は濫用と言えるように思います。
引用という行為が果たすこと
引用については[ブログ]書籍のページをWebで引用するとき知っておきたいことにも書いてますし何度か書いてますが、引用という行為はどういう行為を指し、どんな役割を持っているのでしょうか。
引用とは、goo辞書の引用の意味によれば人の言葉や文章を、自分の話や文の中に引いて用いること
とありますが、今実際にここで行っているように私の言葉ではないとはっきりしている文言を掲載することは引用にあたります。もちろんgoo辞書の運営者に許可は取っていませんし、必要ありません。この書き方で上記の文を私の発言だと勘違いする人はいませんよね?
引用という行為が果たしているのは、それが他者のものだとはっきりしている発言や記述(画像である場合もあります)を掲載して利用することで、話題の流れを損ねることなく本文の内容を補足することだと言えます。あくまで本文のために用いられる情報です。
紹介という行為が果たすこと
では紹介という行為はどんなことを指すのでしょう。他者のコンテンツの内容や詳細情報をメディアなどに掲載して扱うことを、紹介と表します。引用と違って厳密な定義のことを話しているわけではなくあくまで行為のことを表しているので、色んな人の紹介のしかたがあり得ます。
goo辞書での紹介の意味を引用するなら、紹介とは知られていない物事を世間に広く教え知らせること
とされています。なるほど、これだけ見れば紹介という行為には知らせること以外にどんな必然性もないですし、コンテンツが伝わればオッケーなのかもしれませんね。
この紹介という行為に期待される効果、課する条件は人によるでしょう。
- 紹介とは、良いコンテンツの存在と作者や付帯情報を読者に知らせ、そのコンテンツや作者の利益に貢献しようと考えたり要望に応えることである
- 紹介とは、良いコンテンツの存在と作者や付帯情報を読者に知らせることである
- 紹介とは、良いコンテンツの存在を読者に知らせることである
- 紹介とは、作者や付帯情報についてウソを交えたとしても良いコンテンツの存在を読者に知らせることである
上に行くほど紹介という行為の難しさ、責任の強さ、オススメの度合い、敬意が強くなっているかと思います。おそらく紹介する人が敬意を払わなかったり、無責任だったり、そこまでオススメしているわけではなかったり、手間を惜しんでいるなど自分の都合を優先するほど、下になると思います。
あなたにとって、紹介という言葉はどれのことを指しますか?
ちなみに私はそうした行動を表現するなら上から順にオススメ、紹介、言及、居酒屋での説教や自慢話と表現したいと思います。
法的なルールと業界的な慣習
引用という言葉は著作権法の条文の中でも定義されている言葉ですが、上記のようなことから考えると、この引用という言葉は紹介者がコンテンツを紹介する際に権利者からの暗黙の期待に応えることを必要最低限にとどめた上でその正当性を主張するために頻繁に使われているのではないかと思います。
Webの慣習
Webの場合はその簡単な利益の返し方としてリンクを張るということがあります。これはWebという世界ではSEO的な評価であったりトラフィックであったり、還元方法として非常に有効な手段だと言えますが、引用の要件としては別段こうしたことが定義に含まれているわけでもありません。ちなみに剽窃する、著作者を示さない(前項で言う紹介の)というのは引用する上では論外です。
ただぶっちゃけ、わざわざ引用した上で紹介しているのに、リンク貼ってなかったらなんだそれってなりますよね。リンク価値は渡したくないし、トラフィックもあげたくないってことですから。しかもユーザーにとっても不便です。それって紹介なの??って思っちゃいます。
つまりWebで何か他者のコンテンツを一部掲載するという行為の是非は、法的なものと業界慣習的なものの両方の面からそれぞれ問うことができると思います。引用の要件に合致し、かつ慣習に沿っているというのが良い引用ではないかと思います。
慣習なんて知らねーぜ、俺はルールをぶっ壊す!みたいなスタンスの人もいると思いますけど、そんなアナーキーぶった人も実際のところ破ると危険なものとそうでもないものは選んでますよねw
Webの利用が広がることで顕在化したこと
ここ数年で特に論じられることの増えたように感じるWebにおける著作権まわりの話題ですが、これはWebの利用のされ方が多岐にわたるようになってきたことが大きいのではないでしょうか。
例えばCGM。例えばパクツイ。例えばまとめコンテンツ。例えばバイラルメディアと、話題のフックとしてはいくらでも挙げられますが、今回はバイラルメディアやWebライター向けということでそこだけについて書きたいです。
自分が何のために引用しようとしているか
引用や出典という言葉は別に他者のコンテンツを無断で使っていい方便ではありません。
例えば、泣ける!かわいいペットが主人のためにとった驚きの行動10選みたいな記事を書こうと思ったとしますよね。そのときにその記事内に人の作ったコンテンツを掲載するという行為はなんなんでしょうか。
ある論理や意見、暇な時間を楽しく過ごす提案などを述べようとするときに、そこで人の作ったコンテンツを中心に内容を構成するというのはまあ紹介だと思います。
その記事でコンテンツが中心というわけでなく、話題に出すだけ、その際に引用の要件を守って引用し、言及するということもあります。別に人のコンテンツの話しを記事に書くことが全て紹介だとは言ってませんからね!
で、もしその際に紹介してあげてるんだからコンテンツ紹介してもらっている人は作ったものが広まって嬉しいでしょ。それをすることにおいて私にそれ以上の義務はない
と考えているのであれば、その人が運営しているメディアはそういう性格、そういう立場のコンテンツなのだと思います。
そしてもしそうではなく、このコンテンツはすごく良い!これを作った人尊敬する!
と考えた上でそのコンテンツを掲載したいのでしたら、ぜひその際、コンテンツを公開している人がどうしてもらったらありがたいのか、紹介してもらったことを喜ぶかにまで思いを馳せられるとしたら、何かできることがあるかもしれません。例えばリンクを張るとか、作った人のことを調べて書いてみるとか、コンテンツの全てではなくチラ見せする程度にして制作者のサイトに誘導するとか。どうですかね。
著作者の持つスタンス
作品や文章の著作者の中にも、自分の作ったものがどう扱われても構わない、コンテンツが届けばそれで十分嬉しいというスタンスの人がいます。その人が本当に魅力的なものを作っているならコンテンツを配信する人にとってはありがたいでしょう。そうではなくても、自分の能力を低く見ているが故に単に安売りしているだけの場合もあると思います。
許可することと保持することを意識的に
自分が作っているものの価値を自分で認めた上で、つまりプロとして制作物を発信しているのであればその著作物の権利を強く意識してほしいです。日本では著作物と言えるような存在は発表した瞬間に著作権が発生するわけですが、そのことを意識していないことは少なくないと思います。
コンテンツを一人きりで誰にも支援されることなく発信していく人もいるのかもしれませんが、ほとんどの場合はそれを作り上げるまでに色んな人が協力してくれて、やっと公開できているはずです。そしてそれはあなたが作るものだからこそ支援してもらえたものなのかもしれません。
もしそんなコンテンツがどこかで誰かも知らない人に自分のものとして公開されてたり、販売した利益で豪遊されてたらちょっと切ないですよね。
戦略として一部の権利を解放することはありますが、そうしたことも全て自身が持っている権利、あげちゃっても構わない権利を認識していてこそだと思います。私は以前[ライセンス]結局何を使っていいの?利用者視点でのよくわかる著作権!や[ライセンス]どれにする?制作者視点での目的別ライセンスの選び方という記事を書いてきていますが、ライセンスの明示や公表を勧めているのはそういった考えからです。
フリーにする考えも賛成
ちゃんと考えた上で、コンテンツの提供の手段として一部を除いて多くの権利を放棄したフリー素材のような発信のしかたも非常によいと思っています。
私はブログ内での挿絵などには自作の画像か著作者表記の必要がないぱくたそのようなサイトの素材しか使っていません。図解や資料写真のような重要なコンテンツを除けば、ブログの画像は挿絵というような意味合いしかなく、わざわざそこに著作権者の表示等があってはフォーカスが無意味にぶれるという考えからです。そこで表記をなくすとか目立たないようにしてまで使うっていう選択肢は私には選べません。
こういうニーズにフレキシブルに応えられるフリー素材はブログとの相性が非常に良いです。
自分の情報やコンテンツの価値を冷静に判断する
私は何でもかんでも自分の持つ情報に価値がある!権利がある!と主張したいわけでもありません。例えば、私が歌った鼻歌のメロディーが良かったので友人のミュージシャンがそれをもとに曲を作って大ヒット、なんてことがあったとしてもそこで作曲代をくれ!なんて言いますかね…。友達ならなんかおごれよとか言ったりするかもしれませんし、感謝されれば嬉しいし鼻が高いですがw
自分で価値を判断できなかったものが実は世間では価値を持って取引されるということを聞いて、その価格を大きくつり上げるということは普通にあると思います。なんか損するのイヤですしね。別に損しているわけではなく、得してないってだけなんですけど…w
これと同様に、著作権の侵害についても周りの人が激しく嘆き悲しむから自分も自分の生んだコンテンツにそのくらいの気持ちを持たなきゃいけない気になってすっごい気にし出す人とかいると思うんですよ。アレもなんか不幸な図式で、自分でその著作物に対する気持ちと自分を取り巻く社会を冷静に見て、その上で訴えるべき権利を主張したり、放り捨てたりするほうが健全だと思います。
紹介してくれる媒体の価値
まとめコンテンツだったり、何らかの方法でコンテンツを紹介してくれる媒体があります。人によってはそれらをコンテンツのタダ乗りと揶揄したりもします。
別に私の見解でしかないんですが、メディアの存在は非常にありがたいと思っています。メディアに限らず、編集する人、予算の都合を付ける人、様々な人の努力や協力の上に、コンテンツの発信は成り立っています。そんな支援がなくても勝手に成り立つ人、あるいはそう思い込んでいる人もいますが、そうしたコンテンツにとっての発信の仕組みに従事する人の存在は意識したほうがいいでしょう。
バイラルメディアは運営者のコンテンツ運用のあり方が問題とされ、十把一絡げに嫌われる存在になろうとしていますが、私は新しくリリースされたものしか注目を浴びることができないWebにおけるWebサービスやWebコンテンツの現状を見るにつけ、そういう情報の再ラッピングは非常に有益なことだと感じていました。それに取り組む媒体がそれで利益を得たりすることにもそんなに違和感はありませんでした。
それにバイラルメディアの最初期のメインコンテンツであるYoutubeの埋め込み動画ってコンテンツ配信者自身の動画の再生数が回るので、ブログ媒体を持たない動画配信者なんかは特にPV持っていかれてる!って感情は持たなかったでしょうしねw 画像やテキストは工夫して掲載しないと紹介したメディアのPVになるだけで何にも作者に還元されないので、その辺が動画紹介とは違うんだと思います。
おわりに
コンテンツの引用や紹介という行為について、法律と業界の慣習、制作者への敬意、タダ乗り、媒体の存在意義、みたいな話題は切り分けて考えられるべきです。読む側としてはそんなに関係がない部分かもしれないですけど、嗅覚の強い人はその辺でメディアの貴賤を判断します。卑しいメディアだと見られてしまったとき、それでも自分がそのメディアのあり方を肯定できるかは、そこに属する人間の満足度にも大きく関わると思います。
いちいちこのサイトが書いていることはパクリかも?なんて読む人に警戒させるのはなんかすっごい体験を損ねることですよね。まずはそんな疑いを向けられないような運営をすることが重要なはずです。
著作権のその手前にあるもの、それは配慮と敬意という記事を以前書いていますが、ここに書いていることは今読んでもだよね、と思います。権利だなんだって本来めんどくさいもんです。そんなことの前に相手がどうされたら嬉しいのかとかから考えてみるいいインターネットになるといいなーと思います!★